2021-01-26 日記

 はにゃ??*1

 

 明けて今日27日は1か月ぶりに授業を受けに大学へ行く。

 本当は授業が終わった後も大学に残って、サークルの人たちと『ティファニーで朝食を』の偏見まみれの日本人を観てギャーギャー言ったりしたかったけど、NHKBSで放送されるヒッチコックの『鳥』を観るために帰宅しなければいけないので断念…。

 

 PCR検査で陽性になる夢を見たり、目覚めてTwitter開いたら某映画雑誌がジェンダー観とか組織の在り方とか社会的地位とかいろんな問題が複雑に絡み合った件で炎上してたり、教習所隣の喫茶店で暇つぶしてたら先客の二人組がPCR検査とマスク着用の効果と是非について討論してたりして、結構疲れる日だった。

 なんか……社会って…やだなーって思った。

 

 でも気分が上向きになることもあった。

 まず1つ目はシュミレーターを使った技能教習で事故起こさなかったこと。わたしはああいうのがまあまあ得意らしいことが分かった。あと左右のディスプレイに表示される少々チープなアニメーション風景を見るのがとても楽しかった。「ドラッグストア ラララ」という店があったことと前方の車が右折するときの挙動がおかしかったことを覚えている。

 もう1つは交際記念日だったことに気付いたこと。時が過ぎるのは早い。

 

 

 今日の曲です。

Kiss & Cry

Kiss & Cry

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*1:丸山礼ちゃんのネタ。他人のネタだからちゃんと出典書いとかないとね。

2021-01-20 日記

 だいぶ久しぶりの更新になってしまった。なにか凝ったタイトルをつけるにはもう少しブログ書く感覚を取り戻してからのほうが良さそうなので、無難なタイトルにした。自分がどんな文体で書いていたか忘れてしまったので過去の投稿を見直した。だ・である調で書いていたことが分かった。なるほどね~。

 

 今日はzoom授業が1コマ。わたしが唯一入学時から仲良い友人も履修している授業で、彼女と同じグループでカフカの「田舎医者」について話し合いをすることになった。

 弊学はクリスマスあたりからオンライン授業を実施している。約1か月間、大学の知人と直接会うことは全くなく、彼女の声ももちろん全く聞いていなかった。今回のミーティングで久々に話した彼女は以前と全く変わらぬ声で(当たり前)、どこか安心した自分がいた。

 

 正直、いま「大学生」である自覚が薄れている。自分の属するコミュニティの人々と長期間会わないと、自分がそこに属している感覚が失われていく。家で過ごし、授業動画を見、課題をチョロチョロやり、時々教習所とバイトに行く日々。わたしは「大学生」というよりも、バイトをしている「教習生」であるという認識が芽生え始めている。

 

 

 あと、YouTubeにハマりすぎてそれによる弊害が生じるようになった。ハマるっていうか、テレビの代わりにYouTube再生してたら四六時中なにかしら再生してないと落ち着かないようになってきた。ヤバくない? ということで本も全然読めていない。日文なのに。アホか。

 以前はYouTubeの動画を流しながら課題などをすることが可能だったのに、最近では「ながら」作業ができなくて、YouTubeに集中してしまうようになってきている。じゃ、「動画を流さず課題1本に集中するようにすればいいじゃん(標準語)」と思う方がいるかもしれない。そのとおりである。

 

 こうやって、自分の中でモヤモヤとある「分かってるけどできないこと」を文章にして可視化してみると、できない自分が恥ずかしくなってきたし、(やんなきゃ)という気持ちが湧いてきた。面倒とかやる気がないという理由でやりたいことができない時は、こういう方法が私には合うのか。なるほど。

 たったいま、このブログは「自分のダメなところを書いて、それを校正し読み返すことで自分を見つめ直して反省を行動に移す」ためのツールになりました。それ以外のことも書くけどね。というかそれ以外のことこそたくさん書きたいね。未来の自分には楽しかったことをたくさん残してあげたいし、それを読み返してほしいからね。

 

 課題します。

 本日の曲です。

Goodbye Happiness

Goodbye Happiness

  • provided courtesy of iTunes

music.apple.com

バブ記念日

 赤ちゃんの決まり文句のような、2つの破裂音で構成されている入浴剤「バブ」。存在は知っていたが、普段湯船につかる習慣がないこともあって、使用したことがなかった。

 友人と気兼ねなく会って話せるようになったときに、この自粛期間中のネタを作っておきたいなと思い、初めてバブ、使ってみました。パッケージの後ろに「完全に溶け切ってから浸かってください」みたいなことが書いてあったが、CMでよく見る「1色に塗りつぶされた人間が、炭酸泡を吹くバブと一緒に湯船につかる」様子*1を再現したかったので、私がお湯に入るのと同時にバブも入れた。

 

 

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らしいです。 https://www.kao.co.jp/bub/faq/

 

 バブってなかなか溶けきらないんですね。結構息が長かった。手のひらにバブを乗せると、炭酸を発しながら溶けていくバブの振動が伝わってきて、バブの鼓動を手に感じているような気がして、とても愛おしい気持ちになった。手を放すとバブが浴槽に沈んでいく。

 普段しないストレッチをする。湯船につかっていると、スマホも本も持ち込めないこの時間をなにか有意義なものに変換しなければいけない!という思いが強くなって、体を動かしてみたりする。

 

 不意に膝の裏にこしょばさを感じてのぞき込んでみると、そこには少し小さくなったバブが。傍らに置いたバブは、鼓動によって浴槽の床をゆっくりと移動して、すこし曲げていた膝の裏にまでやってきたのだった。愛おしい。思わず微笑んだ。

 

 家でずっと1人で過ごしていると「偶然」とか「突然」に遭遇しなくなる。身の回りで起こることのほぼすべてが、自分の意思をもとにした行動の産物になる。外部とつながっているときは、「偶然」サークル辞めた同期の女の子と会うこともあるし「突然」友達がくしゃみをしたりする。でも1人でいるときはそういうことはなかなか起きない。霊と同居してるとしたら話は変わってくるが「突然」テレビが点くこともないし、「偶然」窓が開いていることもない。

*1:調べたがヒットしなかった。私の頭の中にだけあるCMの記憶か?

最近何をしているか

 なんと、今日から大学の授業が始まります。

 最近「YouTube」にはまっています。小中学生の時にカゲロウデイズとか事務員Gさんのピアノ動画とかひたすら見ていた時以来の、空前のブームです。恐山さんのアイマス実況動画や〇〇〇〇〇〇〇〇〇、〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇*1を見て、外出や他人との会話ができない退屈な毎日を、少しでも楽しいものにしようとしています。面白いものに触れるのは大切ですね。

 一日中一人でいると、感情の起伏がほとんどなくなってしまうので。私の場合、他人と会えていたbeforeコロナの状況でも、感情が大きく揺れることが少ないです。そこで対処法として、「物事に対して大げさに驚く」というのを意識して暮らしています。以前これを友人に言ったら、「かなしいね…」と言われてしまいました。

 

 好きな音楽を増やしてみようと、Apple Musicのラジオやradikoで「RaNi Music♪」という番組をひたすら聞きました。後者は良いのですが、前者は私が苦手なタイプの曲(元気!エグザイル!愛をお前に送る!系)がランダムとはいえ多く流れてきて、そのたびに心がざわざわするので利用を止めました。「RaNi Music」は良いですよ。邦楽と洋楽がほぼ半々の割合で流れてきてバランスもいい。

 KIRINJIというアーティストに出会いました。始めて聞いた曲は「グッデイ・グッバイ」(2000年)。ボーカルが男性2人で、似たような声質の2人が歌っているのが耳に落ち着きを与えてくれます。イントロでがっつりピアノが使われていますね。ピアノ(を含む)バンドが大好きです。Official髭男dismも同じですね。ボーカル2人のバランスに惹かれてKIRINJIについて調べていたんですが、2人は兄弟という。そりゃ声質が似てるわけだ。ふむふむと思っていると、2013年に弟の泰行が脱退している。ええっ。ショック…...。今後KIRINJIの活動を追いかけていっても、兄弟2人のハーモニーが聞ける新曲は現れないのか*2。2013年以降にリリースされた曲も聞いてたんですが、変わらず良いです。

 私的に「ビビビッ!!!!」ときたのは「愛のCoda」です。ぜひ聞いてみてください。もしあなたも「ビビビビッ!!!!!!!」ときたら、私と音楽の趣味が似ているかもしれません。話しかけてください。そして、あなたの好きな曲を教えてください。

グッデイ・グッバイ

グッデイ・グッバイ

  • KIRINJI
  • J-Pop
  • ¥255
  • provided courtesy of iTunes
愛のCoda

愛のCoda

  • KIRINJI
  • J-Pop
  • ¥255
  • provided courtesy of iTunes

*1:公に言えないような方法でアップロードされたコンテンツなので伏字

*2:ちょっと!!!Wikipedia見たんですけど、今年の1月31日にバンド活動の終了を発表しているじゃないですか!!!!なんてこった。公式サイト見るに、「堀込高樹を中心とする変動的で緩やかな繋がりの音楽集団(現在のメンバーも含まれます)として活動していく」〈https://www.kirinji-official.com/らしいしこれからも彼らの音楽は聞けそうですね...いやしかし

映画が救う

 愛とか恋とかそういう気持ちが行き場を見失っていた。

 

 3月の終わり、恋人が東京へ引っ越した。春休み中に会いに行く予定だったが、行けなくなった。

春休みに入って、物理的な別れが近づく中で、私たちはほぼ毎日会って対面でコミュニケーションをとっていた。言葉や笑い声は、時には体に触れたりしながら伝えられた。

でも今は、文字か画面の向こう側でしか、相手と話せない。

 

 これが、なんと、めちゃくちゃ寂しい。好意って、相手に伝えるだけじゃ消化できなくて、相手の反応を自分の中に落とし込んで初めて、満足できる気がする。会うことが不可能な(もしくはそれに近い)人のファンは、もとから好意のフィードバックを期待していないため、それがなくても満足していられると思う。

 私の場合、今まで会えていて、なおかつ100の「フィードバック」を感じられていた状況が一転、コミュニケーションツールの変化により、50程度しか得られなくなってしまった。未消化の好意が生まれ、それが心のなかでぐにゃぐにゃ、と蠢く。

 

 未消化の好意たちは、『ゴッドファーザー』のアルパチーノへ向かって、送り出され続けている。

桃子ちゃんのブログから感じたこと 1月8日に書いた文章

わたしは乃木坂オタクです。とにかくかわいい女の子が好きで、ファンになりました。

まいやんが卒業を発表した。次の25枚目シングルをもって、らしい。卒業ライブはするらしい。

まいやん大好きな大園桃子ちゃんのブログを読んで思ったこと。

こんなに彼女の内面を不特定多数の人に、ブログという形で公開しちゃってもいいの ツイッターの人が「まいやんへの手紙じゃん」と言っていたの、わたしも本当にそう思う。

そんな大事な、心の中心に近い思いを見せてくれてありがとう。という気持ちになると同時に、心の中心に近い、というのはオタクの勝手な認識であって、桃子ちゃんの本心はもっともっと深いところにあるのかもしれない。オタクが見てる部分なんて、アイドルが「見せる」と思っている部分に過ぎない。

アイドルってそういう奥深さというか神秘がある。そういう「把握しきれなさ」は、48、46グループのような「会いに行けるアイドル」という面によって増している気がする。もちろん、アイドルだって一人の人間だし、他社の全てを理解することがどれだけ難しく、不可能なことであるかを私たちは知っている。

「会いに行けるアイドル」の「会う」とは握手会のことだと思う。アイドルはテレビの中だけの存在で、遠い「芸能人」という遠い世界の住人。もちろん、その子がオーディションを受けてアイドルになったならば、もともと普通の女の子だったという妙な「親近感」があるかもしれず、それがすなわちアイドルとオタクの「通じ合い」の拠り所になる可能性がある。(最も、そう感じているのはオタクだけだ)

ここで「握手会」の誕生だ。特筆すべきはオタクとアイドルの「距離の近さ」。生で見ることによって「あーーーアイドルも人間なんだな!!!!」と気づかされる。いや、これは至極当たり前なことなのだが、普段オタク活動ではそれを忘れがちである。テレビでデジタルの赤青黄の光の集合体から成るアイドルの姿と、ライブで見る等身大の女の子の姿は全っ然違うのだ。びっくりするくらい。

握手会に入ったことはないけれど(こんなブログ書くくらいなら、あれよ)、そこで感じる「人間味」というのは凄まじいのだろう。だって手と手が触れ合うんだから。

手も触っちゃって、「この子はこんなにオタクに心を開いてくれている」という風に単純に身体的距離が縮まっただけで心の距離までもが縮まったと錯覚してしまう可能性がある。

しかしそんなことは無い。全くない。だから我々は彼女たちの心の奥底まで知ることはできないのだ

それでも、まいやんちゃんへの書簡ともとれるような文を公開してくれた桃子ちゃんには感謝したい。それと同時に、桃子ちゃんの真信を見ることはできないのだ。

この親切さと色んな気持ちが合わさって「乃木坂尊い」に、なるんですねぇ〜。握手会で見るアイドルは