sankaku-catchballのブログ

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2022-5-2 日記 #寄席崎心中 の感想戦(1人)

行ってきました。

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オープニングトーク真空ジェシカ

生・初・真空ジェシカ。おめでとう、自分…。良かったね、生きてて…。

座・高円寺はこじんまりとした会場だった。後列でもそんなに遠くはないけど俯瞰で見る感覚はどこかにあって、(うわー本物だ)と落ち着いて彼らの登場を受け止めていた。

それでも川北が「まーちゃんごめんね」と言うたび、その異常性に(この人、変な人だ!)と気持ちが昂っていった。お喋り中、こんなに「まーちゃんごめんね」を言う人は異常。遠くから見るとガクの綺麗な金髪は白髪(はくはつ)のように見えて、神々しかった。真空ジェシカはテレビで見るよりもかなりひょろ長く感じる。

川北の話す内容がなんか刺さっちゃった。ある人に別の人の面影を探し、あらゆるところに関連性を見出して語ってしまうやり方が見透かされてるようで。実際はどうなんでしょうか、本当に見透かしていたのでしょうか。

 

 

 

①人間横丁

雰囲気可愛かった…。もっと丸め込んで欲しかったけど、1回きりだからこんなにも求めてしまうんだろうな。可愛いと狂気って共存させやすい要素だなあ。

 

②なかよし

コモリはインスタやYouTubeチャンネルで何度も見るなかで「髪を切るのが上手い、落ち着いたお兄さん」という印象しかなかったので、芸風に衝撃を受けた。ただ実際見てみると、適当で無気力で雰囲気で漫才をやる奴としてはぴったりな風貌だなと納得した。

 

サツマカワRPG (ゲスト)

シークレットゲストだから当然なんだけど、予告なしで明転いきなり登場だったからなんか夢かと思ってすぐには飲み込めなかった。(テレビの中の人だ)と思った次の瞬間には、ノートを見ながらショートネタを披露する可愛さを見せられて虜ですね。 めっちゃ面白かった。

サツマカワRPGを生で見たんだぞ!!!しかもR-1決勝ネタ(アレンジver.)を!!!」と自慢していきたい。

 

④へんてこぼういず

なんだあのネタ。海に溺れてるシーンの音声が別撮りで、しかもお風呂場で録音したような音声だったのがなんかツボに入った。

船になっちゃってからの映画っぽさというか舞台っぽさがめっちゃ好き。私は観客に過ぎず、目の前で起こっている事象を受け入れるしか無いんだという心地よい諦めの気持ちに満たされた。

生で芸人のコントを見たのは数年ぶり(もしかしたら初めてかも?)だった。同じ空間にいるのに、流れている空気や定められている法律がまるで違う世界を見ているような断絶を舞台と客席の間に感じる。どこか寂しくなるのと同時に、越えようと思えば越えていけるほどの見えない壁をあえて破らずにお行儀よく座っている自分の変な真面目さが可笑しかった。舞台上の世界に入って一緒に狂ってしまいたかった。こちら側に言葉を投げかけてくることが多い漫才を見ているときにはあまり無い感覚だと思う。

 

⑤キャプテンバイソン

太鼓の達人!選曲が懐かしい。よく分からないネタをだんだん理解していく気持ちよさ。

 

⑥スパイシーガーリック

大好き!!!!!!!!!!!!!!!!!惚れた。ああいうネタめっちゃ好きです…。1番好きだったのは、床に倒れた金剛寺がグググっと上がっていくところです(何?)。

演技の上手さとそれに伴って明らかになるバカバカしさが生だと余計に伝わってきて、そういうの大好きだからもう、ヒーヒー言いながら笑ってました。本当にヒーヒー言ってた。なんか映研が撮ってたしょーもな面白バトル映画思い出した。観たくなったなあ。

 

中MC①(真空ジェシカ・スパイシーガーリック)

ここまでやってくれるのか、というくらいやってくれた。最高。ビッタビタにリアクションする真空ジェシカが見れて満足。めちゃくちゃ写真撮りたかったけど、頑張って我慢して目に焼き付けました。

1部でいちばん好きだったスパイシーガーリックが出てくれたのもとても嬉しかった。

 

 

 

⑦ぬで

ネタの内容も展開も大体覚えているけど、好きだったところが挙げられない…。

 

⑧SLEEZE BLACK

残像SEX漫談。漫談?ちがうか、コントっぽいやつ。この世界の核心を突いているようで突いていないような最後の格言が好き。何て言ってたかは覚えてないので確かめようがない。

 

⑨ハンサム金魚

男女コンビで唯一頭叩く(はたく)系の漫才!いろんなネタが見れて本当に幸せ。

あんまり好きじゃなかった…。事務所HPを見ると寺田さんは乃木坂46が好きらしい。ガクと乃木坂の話したりするのかな。

 

⑩凛凛パーカー

クリーチャーは凛凛パーカーか…。あそびと凛凛パーカーがごっちゃになって記憶されてました。このわたさん、教えていただきありがとうございます🙏

同じ展開が来るって分かっているのに笑ってしまう。クリーチャーの造形と音楽気持ち悪すぎたし、最後ちゃんと食べられてしまうんかい。先生…。

今更ですけど、わたしはほとんどの出演者の芸風(漫才かコントかピンか)を知らないままライブに臨んだんですが、真空ジェシカが呼んでるからてっきりみんな漫才だと勝手に思っていたんです。ところがどっこい、蓋を開けてみると漫才・コント・ピンネタ(コント・漫談)がそれぞれちょうど良い割合でキャスティングされていて、非常に満足度が高かったです。

 

11.あそび

面白くて好きだったのに、他の方達のネタと勘違いしててショック。漫才師以外は大体最初に名乗らないから、どうしても分からなかった…。

「丁!」「半!」の繰り返しからどんどん大サビに向かっていって、遂にでっかい声で「チャーハン!」と揃って叫ぶあの流れが大好きです。何回も笑った。でっかい声って面白い。

 

12.車海老のダンス

面白かった………。初見だったけど(真空ジェシカサツマカワRPGモグライダー以外み〜んな初見😊)好きになった。トーンとハキハキした言葉遣いが心地良いし、濃度の高い演技っぽさが気味悪くて好き!わたしたちは「根本君」の言う通り、清野の「想像の世界」に生きてるんだって思うとちょっと楽になるね、この世界が。

 

中MC②(真空ジェシカ・ハンサム金魚)

川北が中だるみパートだった、というようなことを言っていた。ちょっと分かる。

ハンサム金魚の爆笑問題風宣材写真、最後列から見たら爆笑問題でしかなかった。

 

 

 

13.肉体戦士ギガ

やっと見れた!!!!!嬉しい……。面白かった。ずっとニコニコしながら見てました。声がデカいし、思ってたより背が高かった。ガタイが良い。

 

14.竹内ズ

撃たれるマイム?がうますぎる。面白かった…。笑顔で怒る奴が1番怖い。 ふわっと流れていったけど、急な日大ディスは何。

 

15.永田敬介

喋りながら舞台に上がってきた時点で(なんじゃこいつ、変な奴か?)と思っていたらその勘は当たっていた。笑いながら、頷きながら聞いてた。フリートークっぽく感じたけど、エンディングトーク真空ジェシカと話しているのを聞くと5分出番に合わせて調整を繰り返していたようだった(結局13分)。あのネタは練りに練られたトークだったことを知って、更に衝撃だった。永田敬介のような芸人のネタをたくさんのお客さんと一緒に聞いて笑えたことがとても幸せ。

 

16.モグライダー(ゲスト)

登場に「わー!」って声が出た。会場の迎え方が完全にスターに対するそれであり、(こんなにみんなが盛り上がるコンビを生で観れてなんて幸せなんだろう)と思う。ネタめっちゃ面白かった〜ファンです。

 

17.真空ジェシカ

あんだけ話題になったヨネダ2000のネタだから仕組みとして面白いに決まってるんだけど、ところどころ真空ジェシカ風にアレンジしていた。(そこ変えるんだ!)と思うところとヨネダ2000のまんまやってるところとの配合が絶妙でずっと釘付けでした。

ギガのサプライズ出演、嬉しかった。大好き!!!ギガラジオリスナーで良かった。

ミマスが出てきたところは沸いた、さすがに。『Cosmos』は(ハモるかな…)ってちょっと期待しちゃった。今度このネタやる時は是非ハモってほしい。大笑いします。

そもそも他人だから誤解は大いにありそうだし頓珍漢なこと言ってたら申し訳ないんだけど、清水役をやってる姿を見て川北の空虚性というか、何にでもなれる器を持ってる人ってことがわたしはよく分かった。そう納得した。いろんな他人のネタをやり続けてるだけある。

本編も好きでしたけど、SEX寿司前(だったっけ?)の川北笑顔くだりも大好きです。人を楽しませる才能がありすぎる。褒めすぎ?川北、顔芸もっとやってほしい!嘘、本当はあんまりやってほしくない。時々やってほしい。これからも手札の中に「顔芸」は潜ませ続けたままでいてほしい。あのワドルディみたいで胡散臭い笑顔を時々見せてほしい。そしてわたしたちを怖がらせながらも大笑いさせてほしい。好きです。

 

 

 

エンディング(真空ジェシカ永田敬介

永田の喋りに押される(身を委ねる?)真空ジェシカが面白かった。「永田-川北ガク」になることもあれば「永田川北-ガク」になることもあって3人のバランスがめっちゃ良い。目が離せない空気感があった。

川北が言い出した「ピスタチオ解散」情報、会場出るまでホラだと思ってたら本当でちょっと笑っちゃった。解散自体が面白い訳じゃ決してなくて、川北が本当のことを言っていたという事実と、発言を受け手にウソだと思わせられる才能に笑った。そんな才能があるの、めちゃくちゃ羨ましい。

ピスタチオの解散をネットニュースでも誰かのツイートでもなく「川北の口から聞いた」という事実、しっかりと胸にしまって歩いていきたい。

 

 

 

 

 

おまけ:開演前の合唱曲

合唱曲にあそこまで心躍ったことない。会場入った瞬間、(川北ー!!!)って叫び出しそうだった。ガクの好きな乃木坂楽曲は流れるのかなと思ったら全く流れず。

寄席崎心中で初めて聞いた『ほらね、』、めっちゃ良い曲だ。好き。川北がぷよぷよ配信かバンカズかラジ父かギガラジオかで言っていた「合唱曲にはメタ要素が多い」というのはこのことか〜と、歌詞を見ながら思う。

youtu.be

ハマっちゃって、毎日聴いてます。

 

 


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2022-3-11 日記 ポゼッサー 感想 境界線など

さて、書き始めたはいいものの、実は何にも分かってないです。だけど分からないなりにも何かを書きたいので書いています。

 

possessor2022.com

とりあえず公式サイトを見て頭の中を整理する。

「全世界が言葉を失った、戦慄のSFノワール。」というコピーがあるけど、鑑賞直後の私はまさにこの状態になっていました。

鑑賞後にレーティング(しかもR18)がかかっていることを知ったので、過激なシーンへの覚悟が全くできていなかったことも「無」の感情になった1つの要因だと思う。

 

あと、音楽がすごく良かった。過激なシーンは怖くて見れないなという方がいたら、是非音楽だけでも聞いてほしい。すっごい気味が悪いので!!!おすすめ!!!

サントラがApple Musicで配信されてます。

Possessor

Possessor



 

 

〈内容に触れます〉

 

 

 

 

 

 

一番最初のカットは男性が頭頂部に棒を突き刺すシーンで、血がドクドク溢れていた。ここで(ああ、この映画は血をしっかり見せてくるタイプなのね)と思ったら、そんな理解では到底済ませられないほど血が映っていた。映画館の大画面が4回くらい「血の海」状態になってた。血は超リアルで粘り気があった。

 

血に関連したところで言えば、人格を乗っ取ったタシャが最初に出てきた女性(名前分からない)やテイトの身体でターゲットを刺殺するシーンが何度もある。タシャは繰り返し繰り返しターゲットに刃物を突き刺すが、カメラはタシャの姿を捉え続け、そこから観客の眼差しを逸らすことを許さない。

生者が体内に刃物という異物を何度も迎え入れることによって、死者へと変化していく様を映し続ける。生きようとする力の強さを感じた、結局死んだ姿が映るのに。変なの。

 

 

『ポゼッサー』において、刃物で刺される人間は一撃で死ぬことはあまり無く、何度も刺されるうちに「いつの間にか」死んでいる。

この生から死へのシームレスな変化、でありながら前と後では全く違ったものになる変化こそが本作では重要なのではないかと思う。

 

トランスフォーム状態から「離脱」するためにはホストを殺す必要がある。「離脱」の方法としてタシャは拳銃自殺を指示されるが、タシャは何度試みても拳銃の引き金を引くことは出来ない。

冒頭で刺殺によって殺人を遂行しホストから離脱しようとするタシャは、銃口を自分の口の中に向けるところまでは出来るものの、その引き金を引くことは出来ない(到着した警察によって拳銃で撃たれることで「離脱」は完了する)。

一見、タシャの姿は自殺を躊躇しているようだった。しかしタシャは他者の体にトランスフォームしているため、タシャが拳銃を向ける相手はタシャ自身ではなく他者である。厳密に言うと「自」殺ではない。

 

ホストの体をうまく使いこなして指令を完遂するためには他者と自己の境界が曖昧になる感覚が必要だとすれば、タシャがガーダーに仕事ぶりを買われていることは納得できる。

 

生と死、他者と自己という2つの違うはずのものの境界線が薄れていく(ただし境界は決して消えはしない)ということを描いている気がする!

 

 

 

・物語後半ではトランスフォームしているヴォスの意識が薄れ、テイトの意識がテイトの身体を使ってタシャの夫マイケルを刺殺シーンもあった(勘違いじゃなければ)。ここら辺は理解が全くできていない。

 

・タシャとテイトが同期した直後に出るタイトル『POSSESSOR』めちゃくちゃかっこいい。Eを起点とした左右対称の文字列。

 

・匂いが安心するものとして描かれていた。

ガーダーがハンドクリームを手に塗って嗅いでホッとした様子を見せたり、テイトが婚約者(エヴァ)の匂いを嗅いで良い匂いだと言っていたり。

・それに対して、視覚と聴覚は不安定で不快、まさに「不安」を増長させるものだった。

タシャとテイトの意識の混濁はコマ送りにされてフラッシュを多用した映像で表現されるし、タシャがテイトを通じて見る世界に揺らぎが生じると羽音みたいなものが聞こえる。

2022-2-22 日記 #まードキュ 感想 大鶴肥満を照らし導く、檜原という光

2月21日0時0分、『劇場版まーごめドキュメンタリー まーごめ180キロ』の配信が終了しました。

(以下、ドキュメンタリー映像を『まードキュ』、『まードキュ』配信ライブを『まーごめ180キロ』と表記)

 

好きな時に見返すことが出来なくなるのは非常に残念です。が、終わりがあるからこそ、その素晴らしさを人間は記憶に留めようとするのでしょう。実際私は配信終了の直前まで『まーごめ180キロ』を見直し、スクショ祭りを開催していましたが、その行動力は終わりが近づく焦燥感が生んだものでした。いま私が感想ブログを書いているのも「配信終了」という1つの区切りがあるからです。

また2月20日は『まードキュ』と永遠のお別れをする日ではどうやらないようで、企画・演出を務められた白武ときおさんが以下のような嬉しいことを言って下さっています。叶うのを楽しみに待っています。

 

 

1月30日に『まーごめ180キロ』が開催されてから、ネットには多くの感想や考察が投稿されました。そんな盛り上がりを受けて、2月11日には主演の大鶴肥満と相方の檜原がYouTubeでオーディオコメンタリーを配信。

youtu.be

『まードキュ』は『まードキュ』内外から豊富な言及を蓄え、作品としてどんどん成熟しているように感じます。名作ですね、そりゃ2度も配信延長されます。

 

 

 

檜原は光

 

ある方のツイートで、「大鶴肥満の相方であり「光」である檜原にインタビューしてないのが良い」というような内容の感想を目にしました(正確に引用したくて「檜原 光」で検索したんですがツイートを見つけられませんでした…もしあれば教えてください)。

 追記(2020-2-26)

 ゆな on Twitter: "映像の中に一切檜原さんが出てこなくて、檜原さん側の気持ちを聞くことができないのがこの映画の中で“肥満さんにとっての光”を最大限に表していて最高だった #まードキュ"

 こちらのツイートかもしれません。教えてくださった方、ありがとうございます😊 まーごめ、と言った方がいいかもしれませんね。

 

 

確かに、大鶴肥満がママタルトとしての人生を始める大きなきっかけをくれた檜原を作品内で語らせないのは「良い」ですし、この構成には何か意味がありそうな気がします。もし意味は特になくても私が見出すので大丈夫です。今からそれについて書きますね。

 

『まードキュ』において真空ジェシカサツマカワRPG、さすらいラビー、ストレッチーズ、ひつじねいり細田、ぺこぱが大鶴肥満についてのインタビューを受けていましたが、眼鏡をかけた檜原は語ることも映されることもありませんでした。その理由は檜原がまさにであるから、だと思ったのです。

もちろん檜原は現実世界では人間として確かに存在していますが、『まードキュ』で中心に据えられた大鶴肥満という語り手によって「光」とされた以上、檜原は光なのです。

檜原は光

このことを前提にして、話を進めていきますね。

 

 

 

大鶴肥満を照らすものとしての、光

 

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「光」である檜原について語る大鶴肥満

大鶴肥満は檜原について、「ずっと俺の前で輝き続けてほしいなって 思ってます」という言葉の後、彼が時に眼差すことを拒絶するほどの眩しさを持っていることを口にしました。

光には暗闇に沈むものを照らし、そのものを輝かせる力があります。小学生時代のきゅうり、高校生時代のいじめ、父親、そして失恋など、過去から現在へ続く重苦しいエピソードを語る大鶴肥満ですが、彼は話の持つ暗い雰囲気に飲まれずに語りを進めていきます。

 

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笑顔になってくれて、嬉しい😊

それは彼に強烈なスポットライトが当たっているからであり、その「光」こそが檜原なのだと感じるのです。闇に落ち込んでいきかねない大鶴肥満が画面に示され続ける背景には、鋭い光を放つ檜原の存在があるのではないでしょうか。『まードキュ』において、目を眩ませるほど強く輝く檜原は画面内に映るべきではなかったのです。

檜原本人を映せないとなるとその光が照らす対象である大鶴肥満を映像に収めることこそが、檜原が持つ力を最大限に、より具体的に観客に伝える方法となります。大鶴肥満を映すことはすなわち彼を照らす檜原を映すことと同義なのだという理解に至った私は、大鶴肥満が恋の終わりを語る本編終盤のシーンについて考えます。

 

 

 

行き先を照らすものとしての、光

 

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ダメだった

夜の公園、暗闇の中で画面に浮かび上がるのは大鶴肥満といくつかの街灯。たとえ暗闇の中にいても、失恋して気落ちしていても、大鶴肥満をやさしく照らすのは眩しい眩しい檜原なのです(ここではマクドナルドも大鶴肥満を輝かせていましたねⓂ️)。

檜原(=「光」)について歩きながら語る大鶴肥満の後ろにちらりと映る街灯は、暗い世界を照らす光であり、暗闇を照らして進むべき道を示すものとしての光です。檜原は大鶴肥満にとっての道しるべとしても描かれていると感じます。

大鶴肥満が檜原について語るこのラストシーンが、光がより際立つ夜に撮影されたことは必然のように思えてなりません。素晴らしい構成だと思いました。夜だからこそ、視認できる光として檜原は画面に映されているのです。

「まーごめんドリーム」へと繋がっていく夜の公園のシーン。ここでママタルトは『まードキュ』においてやっと共演を果たしたのだ、と解釈しました。

 

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キルアみたいなこと言っちゃう大鶴肥満

100分を超える『まードキュ』。いよいよ2人が共演することで、『まードキュ』は粕谷明弘ではない、ほかならぬ「ママタルト大鶴肥満」が誘うドキュメンタリーとして閉じていくのです。

 

 

本編を何度も味わってから予告編を観てみると、檜原が大鶴肥満にとって光り輝く存在であることは、『まードキュ』公開前から既に示唆されていたことに気付きました。

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『まードキュ』冒頭映像

檜原が持つレフ版から反射する光が眩しくてポーズを取り、その光を受けて被写体となる大鶴肥満。やっぱり檜原は大鶴肥満にとっての「光」として描かれていたんですね。

 

 

 

 

 

 

緻密な構成と演出、編集の上に成り立つ『まードキュ』は現実をそのまま切り取ったものではなく、作り手の意図を含む映像作品であることはしっかりと覚えておきたいのです。オーディオコメンタリーでの大鶴肥満の言葉を借りるなら「結局、全てはFAKEでありますから」(1:15:06)。

白武さんの言う「再編集」が楽しみな理由はここにもあって、大鶴肥満の軌跡やまーごめの真髄をどのように組み立て直し、どんな形で私たち観客に伝えてくれるのかがとても興味深いのです。次に公開されたとき、その作品を観た私はどんな感想を抱くのか、楽しみでなりません。

2022-2-3 日記 燃ゆる女の肖像

節分が近いので福豆を食べています。旨味は特に感じないけど、季節感のあるものを食べているだけで社会に順応出来てて偉いと思えるので良いですね。

☝先月末に書いた文章です。下書きに置いておいたままにしていたら、気づけば節分当日になっていました。恵方巻を買って帰ります。太くて長くて黒い棒が大量に並んでいるスーパーの総菜コーナーを見るのが楽しみ、異常事態だから。

 

 

 

 

『燃ゆる女の肖像』観ました。GEOで借りようと思ったんですが貸し出し中だったので、アマプラのレンタルで。

 

マリアンヌとエロイーズの距離が縮まっていく様子が丁寧に丁寧に描かれていたのが一番印象的でした。静かで美しかった。

映像の大半の時間が静かなぶん、マリアンヌが奏でるヴァイオリン協奏曲「四季」の夏、島の女性たちの歌、そしてラストのコンサートの演奏が耳に強く残る。

静けさの中にもマリアンヌやエロイーズの息遣い、筆を走らせる音、足音など、彼女たち自身から発される音が多かった。女性2人の愛を、人間味や生身を伴って伝えてくれたように感じます。

 

顔を見ること/見られていることにどんな意味があるのだろうか、と少し考えました。

初め、マリアンヌは肖像画を描くために、また、その目的を気づかれないようにエロイーズの顔を盗み見します。そのため2人が向き合って会話するときも、マリアンヌは記憶に残すように、エロイーズの顔だけでなく体も舐めるように見ているようでした。

対してエロイーズはマリアンヌの目をじっと見つめ続けているように思え、もしかしたらエロイーズは最初からマリアンヌに惹かれていたのではないかと感じました。

顔というのは、見れば見るほど魅了されるもので、しかし、もともと自分を魅了するような顔でないと見続けることは難しいと思います。見つめ合う2人の関係が密なものになっていくのは、ごく自然な流れのように思いました。

 

「一瞬で消えてしまう表情」として笑顔が語られていたのがなんか良かったですね。

 

雰囲気が終始『最後の決闘裁判』と似てるなと思っていました。冒頭の暖炉に始まり若い女召使の登場、極めつけは登場人物たちにとって外国語が信頼関係を深めるきっかけとして作用していたことです(『最後の』ではラテン語、『燃ゆる』ではイタリア語)。正直ここで「似すぎ!!!」とツッコみかけた。

 

見直そう見直そうと思っていたらレンタル期間を過ぎていて、結局見返すことができなかった。近いうちにBSとかで放送してくれると嬉しい。

 

 

 

2022-1-25 日記 観たい映画と真空ジェシカ

・『燃ゆる女の肖像』

 本作についての面白そうなオンライン研究発表が1/29に開催されるので、それまでに観ておきたい。アマプラレンタル🐜www.waseda.jp

・『あのこは貴族』

 面白そう。面白いらしい。アマプラレンタル🐜

・『偶然と想像』

 とても観たい。ただ近所の映画館での上映は終了してしまったので、出先で観るかレンタル配信開始を待つしかない。大阪東京では上映やるらしいな…。覚えておこう。

・『彼女はひとり』

 観に行く一歩手前までいったことがあるんだけど、一緒に観に行こうとしてた人が乗り気じゃなかったのでその時は諦めてしまった作品。まだ観たい気持ちがある。神戸では上映予定あるみたい。

・『さがす』

 片山監督の前作『岬の兄妹』を映画館で観て(なんじゃこれ?!)と思ったので是非観たいな。近くで上映予定🐜

 

5作中4作が邦画だね。洋画、特に最近盛り上がっているマーベルシリーズに興味がないことが改めて分かった。

 

 

 

真空ジェシカにドハマりしている。面白い。

ハマりだしてから1か月は経つけど、ギガラジオを筆頭にラジ父やM-1グランプリなど、ネット上に存在するコンテンツが膨大でなかなか飽きない。一度好きになってしまうと魅力をしゃぶりつくしてしまった後のことを考えてよく恐怖してしまう私ですが、今のところ大丈夫そう。ギガラジオなんて2017年7月から毎週更新されてるんですよ。多いね~幸せだ!

ツイートにも、真空好きが加速していることが如実に表れていることと思います。ギガラジオの好きな回とか好きなセリフとか共有するんで、是非見てください。面白いと思います。

 

2019年のM-1でオズワルドにハマり、ネットラジオ「オズワルドのニューラジオ」を聴くようになり、2020年にはラジオ内で紹介されていたニューヨークOfficialChannel制作のドキュメンタリー映画「ザ・エレクトリカルパレーズ」に衝撃を受けた。

そして2021年末。燦然と輝きながら私の前に現れたのが真空ジェシカだったが、その彼らがオズワルドや「ザ・エレクトリカルパレーズ」で主演をつとめたコットン(当時ラフレクラン)の西村と、事務所は違えど同期であることを知ったときは不思議な気持ちだった。自分でも意味は分からないが、運命めいたものを感じた。

(正直なところ、若手芸人のフリートークには同期や期の近い芸人がよく登場する気がするので、「好きな芸人を追ううちに、彼彼女らの同期まるごと好きになった」という経験をしたファンは少なくないと思う…。)

 

いや、でも、真空はオズワルド経由で目にした芸人ではないから、やっぱり運命感じちゃってもいいと思うぞ!

ほんとですか!ありがとうございます!

 

 

最近は真空ジェシカのラジオトークや出演ライブきっかけで様々な芸人やコンテンツの存在を知り、興味の範囲を広げています。楽しい。(ママタルト、ガクヅケ、サツマカワRPG、Aマッソなど)(コンテンツはRTAやお笑い大喜利、百喜利など)

あと、ぷよぷよも再開したし、合唱曲も時々聴くようになりました。楽しいよ。ありがとう、川北。

2022-1-22 日記 悪なき殺人

「悪なき殺人」を観た。

観ようと思ったのは、原題「ONLY THE ANIMALS」と、キネマ旬報に掲載された児玉美月さんの評に惹かれたからです。

 

 

以下、感想!

 

このタイトルが設定された理由を明かしたいと思いながら観ていた。

まず、「ONLY THE ANIMALS」の訳「動物だけが知っている」について。

ミシェルが"アマンディーヌ"とやり取りするのはパソコンの画面越しに限られる。送り合うメッセージの内容は2人しか知る由もない。だが、ミシェルのパソコンの壁紙が牛舎に設定されていることで、2人の会話が画面に映る時は必ず牛たちの姿も現れる。内密なはずの2人の関係は、疑似的に牛たちによって見られていると言えるだろう。

また、ミシェルがエヴリーヌを絞殺する瞬間を目撃したエヴリーヌの飼い犬や、ミシェルがアフリカに向かう前に視線を感じた先にいる牛たちというように、人間の隠したい行動を動物の視線が捉える。

これは「動物だけが知っている」という原題訳を支える要素と言えるのではないか。

 

動物の視線と言えば!

冒頭、男に背負われながらサルー師の部屋に入っていくヤギの瞳のクローズアップがありましたね。あのヤギは何?あの男は誰?(調べているとロレックスというらしいですね、まったく覚えていなかった)

あの姿勢は、ポスターにもなっているジョゼフがエヴリーヌを背負う姿と重なりますねえ。

 

次に「ONLY THE ANIMALS」について。

画面越しの"アマンディーヌ"に魅了されて言われるがままにお金を差し出すミシェルが「カモ」、ミシェルと同じく詐欺に遭いパソコンの前で自慰行為をする男性が「シカ」のようだと形容されるように、人間自体が動物的に描かれてもいる。

愛を求め、欲を満たそうとする人間もまた理性を失った動物のようであり、その意味で作品に登場するのは「ONLY THE ANIMALS」(動物だけ)、ということなのかな。なのかな?!

 

2022-1-16 日記 ドライブ・マイ・カー

木曜日、図書館へ本を返却しに行ったついでに『キネマ旬報』2021年12月下旬号の星取評を読んでいると、『明け方の若者たち』について服部香穂里氏がこのように評価していた。

始まる時点で終わりを視野に、流れる歳月を描く恋愛劇が続く。制約なしでは男女の情愛さえ成立させづらい、不自由な息苦しさを覚える時代の反映か

 

・・・

話は変わりまして金曜日、気分転換に映画を観てきたんです。『ドライブ・マイ・カー』を1人で。雪の影響で公共交通機関が遅れ、上映開始時刻の15分後に映画館の受付に着いた。「ドライブマイカー、まだ入れますか?」と聞いたらあと1席のみ残っていた。空いていたのは1列目の右から3席目くらい。混んでいるかなとは思っていたものの、まさか満席とは!
お客さんの笑い声や鼻水を啜る音が聞こえてくるような映画だった。

 

以下、感想だ!

 

韓国でみさきが付けていたマスクが多分お揃いだったので少し嬉しかった。このシーンはきっと映画オリジナルだろう。コロナ禍の世界に生きるみさきを描くことは、みさきと同じコロナ禍を生きる私たちもまたみさきのような悲しみを抱えて生きていくことを示していて、今まで画面の向こう側の世界にあった感情が急に自分事として迫ってくる。

コロナを描くか描かないかは、マスクを着けるか着けないかの衣装合わせの問題でした。結果的に着けることにしましたが、たった一つのことだけど、大きなことだったのは間違いない。着けた方が今の心持に合ったと思うんです。そうすることで自分たちが生きている世界と同じ世界ということになるし、最後にみさきは非常に晴れ晴れとした表情をしているけれど、世界の厳しさは当然あるという状況。それはそのようにしました。(濱口竜介


ただ、ラストに映るのが一貫して物語の中心にいた家福ではなくみさきだったのは何故だろう。運転手として旅を、家福が音と音の死に向き合う物語を進めていたのはみさきだったから?ラストに現れる(そうだった気がする)タイトル「ドライブ・マイ・カー」を見てそう感じた。

家福の手掛けた舞台をラストシーンにすることもできたのですが、それだとサークルが閉じる印象があった。それを突き抜けていくラストにしたいと思った。(濱口竜介


この作品は言葉の物語であると思うけれど、最後にみさきが犬と暮らしている描写を入れたことは、言葉によらない関係性の構築を匂わせている気がする。「犬と暮らす」「みさきの母は自身の中に別人格を抱えていた」という2点から、どうしても小説「チョコリエッタ」を想起してしまう。

 

高槻の描かれ方が中途半端だと思ってしまった。ただの喧嘩っ早いヤリチン?「社会人としてはよろしくないけど役者としては大成するよ」というような家福の高槻への言葉は、芸能世界の異常さを感じる。

家福は演出家なので、稽古がどのようなところにたどり着くかはある程度見えています。彼は仕事場ではよく見てよく聞く人間なんですが、プライベートではそうではなかった。そのことを家福に気づかせるのが、プライベートとパブリックをつないでいる高槻耕史(岡田将生)という人間だったと思います。(濱口竜介

高槻が家福に音の語った物語を伝えるシーンがめちゃくちゃ良かった…。Twitterの人が「岡田将生すごい…」と言っていたのはこのせいだったのか。カメラを直視するカットが強烈で、話を聞くことしかできない、語りを止めることができない家福と同じ感情にさせられた。

事故を起こした高槻が映るシーン、アクサダイレクトのcmみたいてちょっとウケた。

 

家福、みさき、手話を使う夫婦(名前忘れてしまった)の間で行われるコミュニケーションの中で、過度に相手を慮ろうとするセリフが何度も出てくることが気になった。慮るというより遠慮→受け入れの姿勢?例えば車内で待っていてくれという時、カセットテープを再生する時、ご飯をご馳走になる時など…。「その気持ちさえあってくれたらそれでいい」というニュアンスの家福の言葉があった気がする。

うまく言えないけど、相手の気持ちを分かった上で要望を伝える=コミュニケートをするのは、舞台稽古で女優が言っていた、また家福が劇の全てのセリフを覚えているように「相手のセリフを頭に入れることで初めて自分の本当の気持ちが生まれる」という対話の手続きと通ずるものがあるように感じる。

 

広島から北海道へ行く時、見覚えのある道を通っていて身を乗り出しちゃった。コメリに着く前。

ごみ収集所に行った後の海でのロングショットが最高だった。

家福の亡くなった娘とみさきが同い年なことが早々に明かされることで2人が恋愛関係にならないと分かり、安心して観れた。

物語を生むために行われる家福と音のセックスは、最初こそ受け入れがたかったがなんだか納得できる気がする。

 

音が家福との結婚を唯一ためらった理由が「結婚した場合「家福音」になること」だったので、非常に日本的な理由だと思ったし、その悩みが深刻でなかったとしても、結婚する上で女性にとって少なからず障壁が存在している今の日本社会が嫌になった。村上春樹(もしくは濱口竜介)がこのシーンを挿入した意図を知りたい。

 

韓国語手話を見るうちに聞こえるはずのない声を感じるようになり、この人は語っていると思えるようになった。

タバコのシーンもいっぱいあったね〜良かった。時にその煙は妻音の浮気現場を目撃した家福の大きなため息にも、みさきが生家で母を想う弔いの煙にもなるのですね。

 

引用元:今夏のカンヌで日本映画史上初の脚本賞ほか4冠に輝いた、村上春樹原作「ドライブ・マイ・カー」8/20(金)公開 | 朝日ファミリーデジタル